憧憬接近

頭のなかで考えたことを、文字にするだけのブログ

人は愚かな生き物である

何かを書き残したい。

自分の思いを言葉にしておきたい。

自分が考えたことをどこかに貯めておきたい。

 

そういった感情は常に心のどこかにあるのだけれど、だいたい三日坊主で長続きせず。

それでも、こんなブログを始めてしまうのだから、人とはやはり愚かな生き物である。

 

ブログタイトルの話

「想ったものに近づく」ということが人生ではままあるようである。昔憧れていた場所に縁あって住むことになったり、行きたいところに行けることになったり。

そういった運命的な出会いは、結局のところ、受け取る側が運命的かと思うかどうかでしかないのだけれど、運命的と思うにはそれなりの理由があるはずである。現実主義者の人達は笑うだろうけど、僕はどちらかと言えばロマンチストなので、こういう話を聞くと無駄に感じ入ってしまう。

 

一方で、想ったものが近づいてくるのか、想ったものに近づいていくのかは議論の別れるところである。僕はどっちの側面もあると思っている。そして、想ったものが近づいてくることが、必ずしも幸福ではないとも思っている。nを無限大に飛ばした時の1/nは0に限りなく近づき、ほぼ0とみなせるが、やはり0ではないのである。

手に入れられない憧れは、心を乱すばかりである。そして、どんなに手をつくしても手に入れられないと悟った時、大概の人は諦める。別に悪いことじゃない。それは最大公約数的な解答であるし、諦められない少数派たちも、自らが少数派であることは受け入れているのである。本当に心の底から夢想家でいられる人がいるとは思えない。少なくとも現実に生きている以上、現実を直視することは必要だし、それが出来ない人は精神病院に行くべきである。でも、夢想家でありたい気持ちは心のどこそこかにあってほしいものである。

 

深夜テンションで書き連ねてしまったので、とりあえずこの話は一旦終了、ということで。